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さくらロッジB&Bのあるベイオブアイランズ(Bay of Islands)は、オークランドから車で北へ約3時間(約250km)の場所に位置しています。日本ではまだ馴染みが薄いですが、2007年に実施されたAA(自動車協会)による「NZ国内お勧めスポット」に関するアンケート調査の結果で、栄えある第3位(北島では堂々第1位!)に輝いた、ニュージーランド屈指のマリンリゾート地です。
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ストーン・チャーチ
パイヒアの中心部近くの海外沿いに通称「ストーン・チャーチ(Stone Church)」と呼ばれる、「セント・ポールズ教会(St Pauls Church)」または「ウィリアムズ・メモリアル教会(Williams Memorial Church)」があります。この教会は、ニュージーランドでいちばん古い歴史を持つ教会です。といっても建物としては「最古」ではなく、現在の建物は5代目の建物です。
世界の歴史の中ではまだ新しい国ニュージーランド。初期のニュージーランドの歴史を語る上で欠かすこのできないベイイオアブアイランズは、この国の「古い」歴史が多く残っている場所です。
ベイオブアイランズ(ニュージーランド)で初めてキリスト教の教えが説かれたのは1814年のことで、場所はベイオブアイランズの北部の海岸だったそうです。1823年8月、ヘンリー・ウィリアムズ牧師とその家族がパイヒアに宣教の拠点をつくるためにベイオブアイランズにやって来ました。すぐに建物を造り始め、同年9月21日には最初の礼拝を執り行うことができました。この時の建物はラウポ(raupo)造り、日本語的に言えば「藁」でできたものでしたが、これがニュージーランド初の教会となったのです。
1826年にはヘンリー・ウィリアムズ牧師の弟、ウィリアム・ウィリアムズ牧師がやって来ました。彼はオックスフォード大学出身で、当時における医療の知識を幅広く持ち合わせていました。その頃のニュージーランド(マオリの人たち)にとっては「医者」に相当する扱いだったようです。
1828年、掛け金で施錠ができる漆くい造りの教会(第2の建物)へと建て替えられ、その後1856年には木造のもの(第3の建物)へと替わりました。1874年、古くなってきた建物を壊し、旧教会に使っていた木材の多くを使用して新たな木造の建物(第4の建物)を建てました。
1925年、1874年に建てられた建物はいくつかに解体され、タウマレレ(Taumarere)という場所に移され、そこの教会となりました。
そして第5の建物である、現在の石造りの教会となったのです。これは、この地での宣教と人々のために尽くしたヘンリーとウィリアムのウィリアムズ兄弟を記念して建てられたため、「ウィリアムズ・メモリアル教会(Williams Memorial Church)」とも呼ばれているのです。現在でもこの兄弟の子孫は、ベイオブアイランズに大勢住んでいます。
使われている石はカワカワの近くから運ばれてきたそうです。また、梁に使われているカウリの木は、ベイオブアイランズ南部にあるワイカレ(Waikare)近くの森林から調達したそうです。
教会内にあるステンドガラスは、ヘンリーとウィリアム兄弟がベイオブアイランズに到着してから175年を記念して、ウィリアム家子孫一同によって後から取り付けられたものです。
また、1830年ニュージーランドに初めて持ち込まれたオルガンは、このパイヒアにある教会で使われていました。その後そのオルガンはパカラカ(Pakaraka)に移され、現在はワンガヌイ(Wanganui)にある博物館に展示されています。
ちなみに私は、この教会でのお葬式にも結婚式にも参列したことがあります。
世界の歴史の中ではまだ新しい国ニュージーランド。初期のニュージーランドの歴史を語る上で欠かすこのできないベイイオアブアイランズは、この国の「古い」歴史が多く残っている場所です。
ベイオブアイランズ(ニュージーランド)で初めてキリスト教の教えが説かれたのは1814年のことで、場所はベイオブアイランズの北部の海岸だったそうです。1823年8月、ヘンリー・ウィリアムズ牧師とその家族がパイヒアに宣教の拠点をつくるためにベイオブアイランズにやって来ました。すぐに建物を造り始め、同年9月21日には最初の礼拝を執り行うことができました。この時の建物はラウポ(raupo)造り、日本語的に言えば「藁」でできたものでしたが、これがニュージーランド初の教会となったのです。
1826年にはヘンリー・ウィリアムズ牧師の弟、ウィリアム・ウィリアムズ牧師がやって来ました。彼はオックスフォード大学出身で、当時における医療の知識を幅広く持ち合わせていました。その頃のニュージーランド(マオリの人たち)にとっては「医者」に相当する扱いだったようです。
1828年、掛け金で施錠ができる漆くい造りの教会(第2の建物)へと建て替えられ、その後1856年には木造のもの(第3の建物)へと替わりました。1874年、古くなってきた建物を壊し、旧教会に使っていた木材の多くを使用して新たな木造の建物(第4の建物)を建てました。
1925年、1874年に建てられた建物はいくつかに解体され、タウマレレ(Taumarere)という場所に移され、そこの教会となりました。
そして第5の建物である、現在の石造りの教会となったのです。これは、この地での宣教と人々のために尽くしたヘンリーとウィリアムのウィリアムズ兄弟を記念して建てられたため、「ウィリアムズ・メモリアル教会(Williams Memorial Church)」とも呼ばれているのです。現在でもこの兄弟の子孫は、ベイオブアイランズに大勢住んでいます。
使われている石はカワカワの近くから運ばれてきたそうです。また、梁に使われているカウリの木は、ベイオブアイランズ南部にあるワイカレ(Waikare)近くの森林から調達したそうです。
教会内にあるステンドガラスは、ヘンリーとウィリアム兄弟がベイオブアイランズに到着してから175年を記念して、ウィリアム家子孫一同によって後から取り付けられたものです。
また、1830年ニュージーランドに初めて持ち込まれたオルガンは、このパイヒアにある教会で使われていました。その後そのオルガンはパカラカ(Pakaraka)に移され、現在はワンガヌイ(Wanganui)にある博物館に展示されています。
ちなみに私は、この教会でのお葬式にも結婚式にも参列したことがあります。




